テストステロンとは
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テストステロン産生と生理作用
テストステロン(Testosterone)は、 主に精巣の間質にある Leydig 細胞で産生される。その他では海馬、筋肉、脂肪 でも産生される。血中においてテストステロンは、SHBG 結合型(35~75%)、アルブミン結合型(25 ~65%)、遊離型(1~2%)と 3 つの型に分かれる。生物活性を有するアルブミン結合型と遊離型を 合わせて、bioavailable testosterone と呼ばれる。総テストステロンは加齢による減少が軽度であり、 遊離型は加齢に伴い有意に減少する。また、総テストステロンと遊離テストステロンは、ともに日内 変動が存在する。臨床上、総テストステロンも遊離テストステロンも測定する場合は、午前中に採血 することが勧められる。テストステロンは多くの重要な生理的役割を担っていて、筋肉、骨、中枢神 経系、前立腺、骨髄、皮膚、性機能などへの影響がある。男性生殖器、中枢神経系に対する作用は アンドロゲン受容体を介する作用と考えられ、筋肉、骨、骨髄、皮膚などに対する作用は細胞増殖 (cytosolic)による作用と考えられる。
1)テストステロンの産生
テストステロンは主に精巣の間質にある Leydig 細胞で産生される。その他では海馬、筋肉、脂肪で も産生される。血中においてテストステロンは、SHBG 結合型(35~75%)、アルブミン結合型(25~ 65%)、遊離型(1~2%)と 3 つの型に分かれる。アルブミン結合型と遊離型を合わせて、生物活性を 有するバイオアベイラブル・テストステロン(bioavailable testosterone)と呼ばれる。SHBG 結合型は、 強く結合しており、生物活性はない。加齢によって SHBG 型が漸増するので、総テストステロンが変 化しなくても、バイオアベイラブル・テストステロンは相対的に減少すると考えられる。わが国の健常 成人男性の検討(図 1、2)から、総テストステロンは加齢による減少が軽度であり、遊離型は加齢に 伴い有意に減少することが判明している。また、総テストステロンと遊離テストステロンは、ともに 日内変動が存在する。午前中は高値で比較的安定し、午後低下し、その後上昇するも、夕方から深夜に かけて低下し、深夜に最低値を示す。午前中と深夜の最低値と、半減するくらいの差がある。臨床上、 総テストステロンも遊離テストステロンも測定する場合は、午前中に採血することが勧められる。
2)テストステロンの生理作用
1.テストステロンは多くの重要な生理的役割を担う
テストステロンの生理作用はアンドロゲン受容体を介する作用と細胞増殖(cytosolic)による作用と に分けられる。テストステロンは性腺系以外においても全身の臓器で代謝系を中心とした重要な生理的 役割を担っている。すなわち、筋肉、骨、中枢神経系、前立腺、骨髄、皮膚、性機能などへの影響がある。 男性生殖器、中枢神経系に対する作用はアンドロゲン受容体を介する作用と考えられ、筋肉、骨、骨髄、 皮膚などに対する作用は細胞増殖(cytosolic)による作用と考えられる。テストステロンの減少により、筋肉量の減少、骨量低下、性機能障害、体脂肪増加などがみられる。これは年齢に関係なく、若年者で もテストステロンが減少すれば起きる変化である。
2.テストステロンとその代謝物の生物学的活性は、その作用部位により分類される
テストステロンとその代謝物の生物学的活性は、その作用部位により分類され、男性生殖器 の発達と 2 次性徴後の働きには 2 つの生物学的働きがあり、男性化 (androgenic)作用と同化(anabolic) 作用である。
①男性化(androgenic)作用 男性生殖器の発達において、陰茎の発育、造精機能の発達を促す。2 次性徴後は正常なリビドー(性欲) の維持、射精、勃起作用に関与する。また中枢神経系で男性における攻撃性維持に関与している。
②同化(anabolic)作用 筋肉量の増加作用、窒素の保持増加作用がある。骨に対して、骨形成促進、骨吸収抑制の両面の作用 があるとされている。骨髄での赤血球産生刺激作用がある。ヘモグロビン値は思春期以降のテストステ ロン上昇とともに 15~20%増加する。成人男性は女性よりも一般にヘモグロビン値が高く、テストス テロン値の影響が考えられる。テストステロンが低下している男性では、年齢を補正してもヘモグロビ ン値が低く、テストステロン補充により回復がみられる。近年ではインスリン抵抗性改善や糖代謝改 善の報告もみられている。脂質代謝の面でも、総コレステロールと中性脂肪を低下させる報告がある。
中枢におけるテストステロンの産生と生理作用
男性ホルモンであるテストステロン(T)やジヒドロテストステロン(DHT)は、精巣のみでなく、脳の記憶中枢である海馬でも合成されており、重要な役割を果たしていることがわかってきた。T、 DHT の受容体である Androgen Receptor(AR)は空間認知記憶を担う海馬の CA1 領域のグルタミン 酸神経に多く発現しており、下流の作用経路も整備されている。ラットやマウスなどを用いた研究か ら、精巣摘出を行い脳海馬での T、DHT を低下させると空間認知機能が低下することが示されてきた。 T、DHT を補充するとこれらの症状が回復することも示されている。このことから、ヒトの場合も 加齢に伴う T の減少が起これば、海馬の CA1 神経機能などの低下を引き起こす原因になることが示 唆される。T が減少する高齢者でも、脳海馬に T を補充することで、空間認知機能の低下を食い止めることができる可能性がある。 一方、海馬は脳のストレス感知中枢でもあるので、ラットで T、DHT を低下させるとうつ行動が 発生する。これは海馬への T、DHT 注入で回復することがわかっている。これと類似して、ヒト中 高年者の T 減少によるうつ症状と、T 補充療法による回復が報告されている。
1)T( total Testosterone:totalT)の海馬神経シナプスへの早い作用と空間認知記憶
記憶は神経どうしが接合する場所である神経シナプスで形成される。海馬の CA1 領域のグルタミン 酸神経のシナプスを共焦点顕微鏡で 3 次元可視化して調べると、ラット海馬のスライスに T や DHT を 2 時間作用させただけで、短期的に神経シナプスの密度を増加させることがわかる。男性ホルモン受容体 AR は、記憶中枢の海馬のグルタミン酸神経のうち、空間認知記憶 を担う CA1 領域に特に多く発現している。短期的なシナプス増加作用を引き起こす信号系は、「シナプ ス膜に存在する AR→蛋白キナーゼ(LIMK、MAPK、PKA、PKC)→アクチン制御蛋白のリン酸化→ア クチン重合→シナプス増加」である。 AR は、もともと核に移行する核内受容体だが、これらの一部は(核に移行することなく)神経シナ プス内に存在して働くわけである。この AR はパルミチン化されて膜に結合していることがわかって きており、これがシナプス膜での受容体として T や DHT の早い作用に働いていると思われる。一方、 大多数の核受容体 AR は T や DHT の作用で核に移動し、遺伝子転写作用を引き起こす。遺伝子転写と 蛋白合成は時間が 6 時間から 1 日程度と長くかかる、古典的なホルモン作用である。これによりシナプ ス蛋白が合成されてシナプスに運ばれ、1 日程度たつと機能する神経シナプスが増加する。このよう な長期的作用も存在する。
2)海馬での男性ホルモンの合成と、血中から流入する男性ホルモン
記憶中枢の海馬は独自に T、DHT、E2(E2:女性ホルモン)を合成している(オスメスの両方とも日本内分泌学会雑誌 Vol. 98 Suppl. July 2022 に)。海馬内での濃度を測定すると、血中の T、DHT、E2 の濃度より高いので、海馬の T、DHT、E2 は神経作用の主役だと思われる。 海馬中には、コレステロール→プレグネノロン→DHEA あるいは プロゲステロン→T→DHT、あるい は T→E2 という、精巣と卵巣を合わせたような合成経路が神経で見出された。詳しくいうと、海馬ス ライスには、シトクロム P450scc、P450(17α)、P450arom や、StAR、17β-HSD、3β-HSD、5α-reductase などの合成酵素が、グルタミン酸神経に発現している7) 。質量分析 LC/MS/MS によって、海馬中での性 ホルモンの濃度を測定すると、成獣オスラットの海馬での濃度は平均すると T(17 nM)、DHT(7 nM) くらいである。これらの濃度は血中の T、DHT よりも高く、これは局所合成される T、DHT の重要 性を示している。mRNA や抗体染色の解析などから見た合成酵素の発現は、精巣と比べて約 1/500 と大 変低い。しかし神経細胞は小さく、海馬の体積は 0.1 mL 程度で血管の体積 20 mL の 1/200 程度である ので , 海馬での T、DHT の合成量の絶対値は低いが、体積で割った濃度は十分に高い、と説明できる。 更に、海馬は全身にステロイドを配達する内分泌器官ではないので、大量の男性ホルモンを合成する必 要はなく、地産地消に使うぶんだけ合成しているのである。 一方、精巣が合成する T や DHT が脳に流入して働く、いわゆる内分泌作用も当然起こっている。特 にオスの場合海馬内の T の 70~80%は血中から流入する(20~30%は海馬内で合成される)。精巣か ら分泌された T は SHBG(sex-hormone binding globulin)に結合した状態で血中を運ばれ、血液脳関門 を越えて、神経細胞膜に存在する megalin という SHBG 受容体により、神経細胞内にエンドサイトシ スで取り込まれると思われる。その後、細胞内リソソームで SHBG から離脱し free T となり神経内の 5α-reductase で DHT にも変換されて作用するだろう。T 補充で血中に流入した T も、これと同じ経路 をたどって海馬に流入し働くと思われる。
3)老化による脳内の性ホルモン減少と認知機能低下及びその回復
ラットでは老化により海馬内の T や DHT 濃度は大きく減少することがわかった。ラットの血中では T、DHT 濃度の老化による低下は、測定が容易でよくわかっていたが、脳内での測定は現在でも限られた研究室でしかできない状況である。この海馬での男性ホルモンの減少により、神経シナプス密度も 減少して、記憶能力は減少すると思われる。T、DHT の補充療法で血流を介して T、DHT を脳海馬に 送り込むと、シナプス密度が回復するので、海馬の記憶能力が回復するはずである。 ところが、ヒトでは話が複雑になる。欧米人では血中の total T は加齢により減少するので、以上のラッ トの話はかなりの部分で適用できると思われる。しかし、日本人の血中の total T は加齢ではほぼ減少 しないという報告が主流で、ラットの結果をそのまま適用するのは難しい。日本人でも free T は加齢 で減少するのだが。しかし日本人でも LOH 患者は、free T と total T 両方が低下しているので、ラット で明らかになった T 減少→神経シナプス減少という結果は起こっていると思われる。従って、T 補充 による効果はあると期待できる。 一方、ラットの精巣摘出により海馬内の T、DHT を低下させると不安様行動が発生する。ここで直 接海馬に T や DHT を注入すると、不安様行動から回復することがわかっている1。これは T、DHT の 示す抗不安様作用としてよく知られている。ヒトの更年期ではうつ症状や不安様症状が起こる場合がみ うけられるが、これは加齢による性腺機能の低下(LOH)と同時期に脳の T が減少することによるこ とも関与していると考えられる。従って T 補充療法を用いれば回復現象が起こると考えられる。実際 うつ様症状の中高年男性患者に対する T 補充で、効果が認められている報告がある。
引用文献
男性の性腺機能低下症 ガイドライン 2022
編集 男性の性腺機能低下症ガイドライン作成委員会
一般社団法人 日本内分泌学会
一般社団法人 日本メンズヘルス医学
https://www.jstage.jst.go.jp/article/endocrine/98/S.July/98_1/_pdf/-char/en
テストステロンの分泌
思春期
男性は思春期に精巣が増大し、テストステロンの分泌も増大することで、男性的な身体の特徴が形作られる(いわゆる二次性徴)。
- 精子形成機能の成長、生殖能力獲得、陰茎増大、性欲および勃起頻度の増加が起こる。
- 筋力と体重の増加、肩幅と胸郭の拡大、声変わり、喉仏の成長。
- 体毛(もみあげ、顎髭、口髭、体幹部)が生える。
成人期
テストステロンの分泌量は20~30歳代でピークを迎えるが、それ以降の変化は個人差が大きい。30歳代や40歳代から下がる男性もいれば、高齢になってもほとんど下がらない男性もおり、女性の更年期とは異なる病態であることに注意する必要がある。
ストレスなどをきっかけにしてテストステロンが急に下がって起こるのがLOH症候群、すなわち男性更年期障害である。そのため、LOH症候群や男性更年期障害は、年齢に伴ってテストステロンが下がることで起こるものではない。
老人期
加齢により精巣機能が低下し、テストステロンの低下や下垂体ホルモンの上昇が起きる。一般的にLOH症候群や男性更年期障害は中年男性に多いが、老年男性においても諸症状がテストステロン低下に起因することもあり、テストステロン補充療法が症状改善に有効な場合がある。
テストステロンの作用
テストステロンの肉体への作用
- 筋肉増強作用
- 骨を強くする
- 動脈硬化の予防
- 造血作用
- 性機能維持
- 抗炎症作用
- 認知機能
- 体内時計
テストステロンの社会性・メンタル面への作用
- 活動量を上げる
- チャレンジ精神が旺盛になる
- 外に出かけて獲物をとってくる
- 社会貢献の気持ちを強くする
- うそをつかない
- リスクをとる
テストステロン補充療法
テストステロン補充療法(testosterone replacement therapy:TRT)の基本的な適応は, LOH 症状および徴候を有する 40 歳以上の男性である。挙児希望のある患者や、アンドロゲン依存性悪性腫瘍(前立腺癌や男性乳癌など)を有する患者については治療禁忌となる。また、治療介入前には血清PSA値を測定することが推奨されており、2-4 ng/mlの症例には慎重投与、4 ng/ml以上の症例については、泌尿器科医により前立腺癌が否定された状況でのTRT開始が望ましいとされる。
本邦で使用可能な薬剤を以下に記載する。
- テストステロンエナント酸エステル:125 -250mg を 2-4 週間ごとに筋肉内投与する。本邦では、最もよく用いられる治療法である。
- ヒト絨毛性性腺刺激ホルモン:本薬剤は患者が造精機能の温存や挙児希望がある場合に使用する。本薬剤は下垂体性性腺機能低下症に対する治療としては保険適応を有しているが、男性性腺機能低下症に対する治療としては保険適応を有していないため、男性性腺機能低下症に対しては保険適応外(自由診療)での治療となることに留意する必要がある。1回 3,000-5,000 単位を週 2-3 回、あるいは 1-2 週ごとに筋肉内投与する。
- テストステロン・塗布剤:本薬剤はテストステロンを経皮的に補充する製剤であり、医師の処方を必要とし保険適応外(自由診療)での治療となる。
本医学会のテストステロン治療認定医は5%のテストステロン・ゲル製剤である1upフォーミュラの処方が可能であり、注射との併用やクリーム剤単剤での使用で治療が行われている。また海外のゲル製剤あるいはクリーム製剤を医師が個人的に輸入し自由診療で処方している医療機関もある。また一類医薬品として限られた薬局においてOTCで購入できる1%テストステロン軟膏もある(グローミン・大東製薬工業)
いずれも陰囊部,顎下部,大腿部などの皮膚に1日 1-2回塗布する。テストステロンエナント酸エステルの注射剤に比べて血中テストステロンの変動が比較的少ないため副作用は少ないが、皮膚に刺激症状が出現することがある。
1)治療による効果
筋肉量の増加および体脂肪量の減少に寄与する可能性があり、また勃起能の改善やAMSで評価される健康関連QOLの改善にも効果がある。また、インスリン抵抗性を改善させる効果があり、2型糖尿病患者のコントロールに有用である可能性も示唆されている。実臨床においては、採血や質問紙票からは判定できない患者主観の効果を実感することも多く、不安・いらいらなどの精神症状、ほてり・倦怠感などの身体症状、性欲低下・勃起不全などの性機能症状において、治療介入症例の約70-80%に効果がある。
2)治療による副作用
TRTによる副作用としては、造精機能障害と多血症に特に留意すべきである。そのため、治療開始前にはかならず挙児希望については確認する必要がある。また、多血症については自覚症状で発見されるものではないため、定期的な採血を行うことが求められる。それ以外に、睡眠時無呼吸の悪化や肝機能障害、皮膚障害も注意すべき副作用である。
前立腺癌発症のリスク増加に関するエビデンスはない。
3)その他の治療法
Phosphodiesterase type 5(PDE5)阻害薬はED治療の第一選択であり、有効性は極めて高い。EDの改善効果の他に、血中テストステロン値が上昇したとの報告があり、必要な検査を行った上で処方することもある。
TRTが禁忌であったり、患者本人が希望しない場合には、漢方薬を使用することがある。LOH症候群の患者においては、虚~中間証が多く、虚証に対する補剤から開始するほうが安全性は高いとされる。症状に応じた適切な使い分けが重要である。